シュピッツァ

蹴球生活 football life の実験的ブログです。 多分、内容はかぶります。

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先日、フィーゴがマドリーを去ったことにより、マドリーの「10番」は空席になった。
次に10番を付けるのは、誰になるのか、今のところ決まっていないが、どうやら新加入のロビーニョが付けることになるという見方が有力のようである。

背番号の持つ意味として、一番有名なのは、この10番であろう。
10番は、そのチームの顔とも言うべき選手がつけることが多い。
これは、サッカーの神様、ペレがつけていたのが10番だったことに由来するそうだ。
そのため、10番はチームを代表する選手、つまり、テクニックやアイデアに優れた選手が付けていることが多い。
しかし、10番以外にもファンタジーを見せてくれる選手が付けていることの多い番号があった。
それは21番だ。

今年の1月に、セレッソ大阪からマジョルカへ移籍した大久保(FW・U-23日本代表)は、21番を付けることを希望していたそうだ。理由は、アイマール(MF・アルゼンチン代表、バレンシア)、ユベントス時代のジダンが付けていた番号だからなのだそうだ。
この2人は、言わずと知れたテクニシャンであり、変幻自在なパスワークでチームを導くタイプの選手である。

テクニシャンと言って、忘れてはならないのが、バレロン(MF・スペイン代表、デポルティボ・ラコルーニャ)だ。
彼の包み込むようなボールタッチは、リーガNo.1とも言われている。
そのバレロンもまた、21番を付けている。

イタリアに目を移すと、やはりテクニックに優れた選手が21番をつけていた。
AC.ミランのピルロ(MF・イタリア代表)である。

ピルロは、今でこそレジスタ(中盤の底でボールをさばき、攻撃を組み立てる)タイプのピボーテであるが、もともとはトップ下の選手である。

優れたパスセンスで敵を欺き、ファンを魅了する。
また、彼のフリーキックは、ゴール欠乏症に陥っているアズーリにとっては、貴重な得点源でもある。

他にもイタリアには、攻撃の選手ではないが、やはりテクニックに優れた21番いる。
ユベントスのテュラム(DF・フランス代表)である。

ジダンをして世界最高のDFと言わしめ、パルマ時代からの同僚カンナバーロ(DF・イタリア代表)は、あまりの巧さに、どこの星から来たのだと尋ねたほどだったのだという。

このテュラムは、昨日、フランス代表に復帰することを正式に発表した。
そして、今のフランス代表におけるゲームメイカー候補として名高いカメル・メリエム(MF・ASモナコ)も、クラブでの背番号は21番なのである。
ただ、彼の場合、先日のオセール戦においては思うようにゲームが作れず、クロスボール等のキックの精度も欠いていた。
おそらく加入したばかりで、周りとの連携が上手く行かないのだろうと思われた。
これからに期待したい21番である。

マドリーに注目すると、かつての21番、ソラーリ(MF・アルゼンチン代表、インテル・ミラノ)も、テクニックに優れた選手である。
そのエレガントなプレースタイルは、あのフランチェスコリ(MF・元ウルグアイ代表)も称賛をおくったほどである。
同様に、フランチェスコリから讃えられたディオゴ(DF・ウルグアイ代表)は、今季からマドリーの21番を背負う。

ここまで揃うと、21番には、何かしらテクニシャンを惹き付ける秘密があるのではないかという錯覚に陥りそうになる。
もしかすると21番が、近い将来10番にも引けをとらないほどのエースナンバーと言われる日が来るかもしれない。
そして、それが現実となるかは、ここに挙げた21番の芸術家たちの活躍にかかっているのであろう。
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今日はコンフェデレーションズ・カップ、予選グループ B 日本VSブラジル戦が行なわれる。

スター揃いのブラジルにあって、今、最も注目を集めているであろう選手の1人が、ロビーニョ(左写真、右側。左側はヂエゴ(MF・ブラジル代表、FCポルト))。

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ロブソン・ジ・ソウザ、愛称ロビーニョは、ブラジル、サンパウロ出身。1984年1月25日生まれの現在21歳。サントス所属で、ポジションはFW。


変幻自在なドリブルで相手の守備を崩す、ドリブラーだと言われている。
卓越したテクニックでボールをキープし、するすると前線に駆け上がる様は、どことなくアンリ(FW・フランス代表、アーセナル)に似ている。

ロビーニョは身長172cm、体重60kgと、体格に恵まれていない。
しかしそのようなハンデを負いながらも、屈強なDFと対峙する術を身につけている。

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柔らかいボールタッチとしなやかな動き。
これがロビーニョの武器である。

ポストプレーで相手DFと体を寄せ合い対決することが難しいロビーニョは、体格に代わり与えられた、テクニックとしなやかな動きで相手の守備を切り崩す。

柔らかなボールタッチは、片時もボールを離さず、しなやかな動きは体でボールをかばわずとも相手の守備をすり抜けられる。
そのボールの扱いに感動した神様ペレは、涙を流したという。

しかし、ロビーニョの代名詞となりつつあるドリブルも、本人にとってはゴールを決めるための手段に過ぎないのだという。
ロビーニョはゴールに飢えているのだ。

ロビーニョの憧れの人は、ロナウド。
ロビーニョはロナウドの功績に敬意を表して、彼を「社長」と呼んでいるのだそうだ。
しかしセレソン(ブラジル代表)でのロビーニョは、まるで子犬のように「社長」と戯れている。
憧れの人とフランクに付き合いながらも、常に学ぶことに貪欲だ。

やんちゃでいたずら好きなロビーニョが、偉大な先輩達にちょっかいを出すあどけない様子は、ゴール前での神出鬼没なプレーで、相手DFを惑わす姿とダブる。

しかし、そんな年相応のあどけなさとは対照的に、ロビーニョはプロとしての自覚を持った一人前の社会人でもある。

次の日の練習に響かぬ様、夜遊びはしないし、食べるのにも困るほどの苦しい生活の中で、昼夜を問わず働き、支えてくれた両親への感謝も忘れない。
自らが、若くして少年少女に夢を与える存在であることを理解し、きちんと自己管理の出来る大人なのである。

現在おこなわれているコンフェデレーションズ・カップでは、レギュラーを獲得しているロビーニョも、休暇中のロナウドが戻れば、また厳しいポジション争いを行なわなければならない立場にある。

しかし、近い将来、必ずやセレソンを彩るスター選手の1人となるはずだ。

その手始めとして、本日行なわれる試合において、どのようなプレーを見せてくれるか、注目である
劇的な決勝戦の記憶も新しい、昨季のチャンピオンズリーグ。
PSVアイントホーフェンは、惜しくも準決勝でAC.ミランに破れたが、人々に与えた印象は、ファイナリストであるミラン及びリバプールに勝とも劣らないほど鮮烈なものだった。

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まず、準々決勝1stレグ、対リヨン戦。
敗色濃厚な中で貴重なアウェーゴールをあげ、勝負を引き分けに持ち込んだのはコクーだった。
そしてミランとの準決勝2ndレグ。
2点をリードしながらアウェーゴールを奪われ、窮地に立たされたチームを奮い立たせたのも、コクーだった。
コクーは、2点目に続き名手・ジダ(GK・ブラジル代表)から気迫の3点目を奪う活躍を見せたものの、1歩及ばず、アウェーゴールルール(得点が2倍に換算される)によるトータルスコア4-3で、PSVは惜しくも準決勝で散った。

しかし、この2つの試合でPSVは、チームバランスの良さと成熟度、何よりも勝者のメンタリティを見せてくれた。
そして、その中心となっていたのが、フィリップ・コクーである。

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フィリップ・ジョン・ウィリアム・コクーは、オランダ、アイントホーフェン出身。
1970年10月29日生まれの現在34歳。
豊富な運動量と的確なポジショニング、ミドルレンジからのシュートが魅力的な守備的MFである。
ピッチの上を献身的に駆け回るその姿は、まさにオランダのトータル・フットボールを体現しているかのように映る。

トータル・フットボールとは、ある戦況を想定した場合の動き方を選手に教え込み、ポジションを流動的に変化させるフットボールの総称を指すらしい。
実は、明確な定義はなく、トータルフットボールと呼ばれるものを見た人の印象を総合すると、このような説明になるのだという。
この、トータル・フットボールは、ヨハン・クライフ擁する1970年代のオランダで生まれた。

最も特徴的なのは、ボールを持った選手の動きに連動し、周りの選手が動くことと、攻撃の選手も守備をするということ。
選手の動きの連動については、一人の選手の周りを取り囲むように、選手がポジションチェンジをする様を「渦巻き」と形容されていた。
また、前線からプレス(相手のボールを奪ったり、パスコースを塞ぐこと)をかけることは、後に開発されるゾーン・プレスに繋がっていく。

的確かつ変幻自在にポジションをチェンジし、単体で攻守のバランスに優れたコクーという選手は、まさにトータル・フットボールそのものなのである。

コクーは、一応は守備的MFとカテゴライズされているが、GK以外のほぼ全てのポジションをこなせる究極のユーティリティプレーヤーとして名高い。
しかし、コクーは特別テクニックに優れた選手というわけではない。それでも、コクーが希有な存在で有り続けられるのはのは、高い状況判断能力と強靱な肉体、強いメンタルににあると思われる。

コクーの技術面での役割は、ボールを持つ選手の意図を把握もしくは、その選手を最良のプレー選択へと導くことである。
もちろん、自ら攻撃を仕掛けたり、積極的にゴールを奪うこともあるが、彼の仕事の大半は、周りの選手を生かすことである。
そこで必要とされるのは、高い状況判断能力なのである。

また、周りの選手に動きを連動させることは、想像以上に体力を消耗する。
そのため、この役割を担うには消耗に耐え得る強靱な肉体が必要なのである。

さらに、コクーの最大の魅力は、メンタルの強さである。
先述のように、コクーは、大事な試合でチームを導くゴールをあげ続けている。
ヒディンク監督も、PSVの快進撃は、コクーの経験とメンタルの強さに支えられたものであるとして、称賛を送っている。

また、チームのために献身的に働くコクーは、派手さはなくともファンの心を打つ。
昨季まで所属したバルセロナでは、ファンから1番愛されたオランダ人選手がコクーだった。

ピッチを離れると、自分の幼い息子のボールさばきを、往年の名選手である、ロナルド・クーマンのようであると絶賛したり、PSV時代のチームメイトのロナウドとオランダ語やスペイン語を交えて話すなど、子煩悩で気さくな素顔が垣間見える。

2006年W杯予選もいよいよ佳境となり、コクー擁するオランダは、順調に勝ち進んでいる。
そして、その影には、34歳にして未だ衰えを知らないコクーの尽力がある。

ファンバステン監督が、扱いにくいベテラン選手を多く排除したにもかかわらず、コクーを残したのは、仲間割れによる自滅に悩まされてきたオランダにあって、コクーはチームの信頼を集めることが出来る貴重な選手だからであろう。
おそらく最後になるであろうW杯での、コクーの活躍に期待したい。
各国リーグの優勝が決まり始め、欧州サッカーの盛り上がりも最高潮となる中、最大の山場であるチャンピオンズリーグの決勝もいよいよ来週と迫ってきました。
今季の決勝カードは、AC.ミラン VS リバプール。
いずれも、決勝に辿り着くまでに素晴らしいドラマを見せてくれました。
そして、その一方の雄であるAC.ミランの攻撃を司るのは、ピルロ。
今日は、そのピルロの26回目の誕生日ということで、ピルロについてご紹介します。
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アンドレア・ピルロは、イタリア、ブレシア出身。1979年5月19日生まれの26歳。ポジションは守備的MF。
守備的MFは、様々なタイプに分かれるが、ピルロは攻撃的素養が高く、中盤の底でパスをさばくレジスタ(イタリア語で「演出者」の意)タイプ。このレジスタタイプは、個人的に一番好きなタイプである。


AC.ミランの攻撃陣と言えば、カカ(MF・ブラジル代表)やシェフチェンコ(FW・ウクライナ代表)など、前線の選手の印象が強く残る。
しかし、彼らの攻撃を中盤の底から組み立てているのが、ピルロなのである。

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ピルロは、常に相手の厳しいプレス(ボールを奪ったり、パスコースを塞ぐこと)にさらされた位置でのプレーを強いられている。
そのような「危険地帯」にあっても、常に迅速な判断により、冷静かつ的確にパスを供給出来ることがピルロの最大の魅力と思われる。

もちろん、FKの精度の高さなど、ピルロの長所は他にもたくさんあるが、私がピルロに惹かれる理由は、そのパスさばきにある。
そもそもピルロは、トップ下の選手であったのだという。しかし、ブレシア在籍時の2001年1月に、当時の ブレシアの監督・カルロ・マッツォーネにより、後ろに下げられたのだという。
それまで、インテル・ミラノで試合に出られず、レンタル移籍でたらい回しにされるなど、不遇な日々を送っていたピルロは、マッツォーネ監督と出会ってから、甦ったかのように生き生きとプレーしたのだそうだ。

2001年の夏に現在のミランに移籍してからは、現役時代に守備的MFとして活躍したアンチェロッティ現監督から、直々にレジスタについて手ほどきを受けたそうだ。
そうしてピルロは、さらに才能を開花させ、現在にいたっている。

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プレー同様、普段から冷静なピルロは、
口数も少なくおとなしいらしい。
しかし、寡黙ながらも、プレーでみんなの模範を示し、信頼を集めている、静かなるマエストロ(指揮者)なのだという。

来週のチャンピオンズリーグの決勝は、ピルロがどんなマエストロ振りをみせてくれるのか楽しみである。
熱狂的レアル・マドリードファンの情報によると、ルシェンブルゴ監督(以下、ミスター)は、ジダンがより自由に動くことが出来るように配置することを決めたようだ。

今までジダンは、主に左サイドに配置されることが多く、タッチライン際でのプレーを余儀なくされる事が多かった。そのため、お得意の視野の広さを感じさせるパスを出すにはスペースが足らず、むしろサイドを駆け上がるスピードの衰えが露呈し、重ねた年令と上手く付き合えていない印象ばかり受けるように思えた。

ミスターがそれを意識したのかはわからないが、ミスターはジダンを今よりも内側に絞った位置に配置し、前線の二人と後方の二人の双方と連携して、攻撃を組み立てるようにジダンに指示したのだという。

確かにこの方法は、ジダンの才能を生かすには有用であり、それとともにチームが浮上することを見込めるかも知れない。
ジダンファンとしても、「銀河系」放出の噂が絶えない中で、ジダンが戦力として数えられている事は喜ばしいことだ。

しかし、この方法がマドリーの抜本的改革に繋がるかを考えると、多いに疑問だ。
なぜなら、突出した個に頼るチームの強さは刹那的で、これから恒久的な強さを身につけようとするマドリーには不向きに思えるからだ。
しかも、ジダンは残された時間が少ないという現実を考えると、近い将来チームを去ることが決定的な選手を中心に据えてチームを作ることには、危険すら感じる。
ジダンが去ったその時に、またもや「冬」の時代を迎える可能性が高いからだ。

また、特定の個を中心に据えると、チーム状態がその選手の調子の善し悪しに左右され、不安定になる事もネックとなる。このことについては、EURO2004におけるフランスが、ジダンのコンディションと運命を伴にした事からも顕著だろう。

「ジダンを自由にする」という戦術につき、どう弱点を克服するかが、ミスターの真価を問う試金石となるのかもしれない。


今日は、W杯アジア最終予選の開催日であり、日本代表はイランとアウェーで戦う。私は日本代表の試合をほとんど見ていないため、あまりわからないのだが、耳に入る情報を総合すると、未だ日本代表は、チームの形が見出だせないでいるようだ。

就任当初、ジーコは自身が所属したブラジル代表のように、ポゼッションを高めたパスサッカーをしたいように見えた。
しかし、このサッカーをするには、個々の選手の技術・戦術眼が優れていることが前提となる。つまり選手の1人1人が、ピッチで自分がなすべきことを考え、理解し、実行できる事を必要とするのだ。

ジーコは、トルシエによって日本代表の実力はそのレベルまで引き上げられたと思っていたようだが、その思惑は外れたようだ。
日本代表は技術的には向上しているものの、戦術理解についてはそれほど伸び率が高くなかったのだ。

そのため、監督としてジーコは、チームに徹底した戦術を植え付けることが必要と思われるが、選手として天才肌だったジーコにとって、“凡人”の思考回路を理解し、戦術を指導するのは難しいのではないかと思われる。

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そこで私が勝手ながら提案するに、チームの中心に小野を据えて戦術を練ることは有効ではないだろうか。チームの中心に据える選手はチームで一番優れた選手であるべきで、今のところ日本代表では、小野の技術や戦術眼は群を抜いているように見える。

マドリーと違い、日本代表の場合は、何がしかの形を作ることが急務である上に、組織的な練習をする時間がほとんどないため、突出した個を生かす戦術が最良であるように思われる。

小野のパスセンスを生かすため、周りは小野の指揮によりにより作動する。小野が安心して攻撃参加するために、相方の福西は良い選択であろう。
2人の関係にミランのピルロ(MF・イタリア代表)とガットゥーゾ(MF・イタリア代表)の関係を重ねてみたりする。

とりあえず、今日は2人がどのようなコンビぶりを見せてくれるかが見物だろう。
ただ、いつものように、私は観戦するかどうか、わからないのだが。

日本代表の運命やいかに!?日本代表戦レビュー→jumpinさんのファーポコ
今、トラジ・ハイジの『ファンタスティポ』がチャートを賑わせている。
そして、恥ずかしながら私の携帯の着信音も、トラジ・ハイジだ(アホだ・・。)。
しかし、その昔、日本サッカー界にも彼らに引けをとらないスーパーユニット(?)があった。カズシ・タカシだ。

カズシは木村和司(MF・元日本代表、元横浜マリノス(現横浜・F・マリノス))、1958年生まれの46歳。
タカシは水沼貴史(MF・元日本代表、元横浜マリノス(現横浜・F・マリノス))1960年生まれの44歳。
カズシ・タカシは、日本リーグ(Jリーグの前身)時代に、日産(現横浜・F・マリノス)の黄金時代を築いた、日本サッカー先史の時代の名選手である。

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カズシさん(左の写真)は、日本国内で初めてプロ契約をした、国産プロフットボーラー第1号で、フリーキックの名手として活躍した。
今でこそ、中村俊輔(レッジーナ)や三浦淳宏(東京ヴェルディ)など、日本人選手でもフリーキックの上手い選手は何人かいるが、当時の日本サッカーのレベルや、レベルの高い外国の試合を見られる機会がほぼ皆無だったことを考えると、カズシさんの技術の高さは、ケタ外れであり、奇跡的であった。

カズシさんの蹴ったボールが、美しい放物線を描き、ゴールに吸い込まれる。
その様は、まるで小さな魔法使いのようだった。そして、そんなカズシさんに与えられた称号は、「ミスター・マリノス」。

しかし、素顔のカズシさんは率直にものを言う、気さくなおじさん、という感じ。
食べ物に気を遣わなくてはならないトップアスリートなのにもかかわらず、酒好きの野菜嫌い。毎日の晩酌の肴に、なんとか野菜を食べさせようと、奥様は苦心していたらしい。

94年にマリノス(現横浜・F・マリノス)を「卒業」。「卒業」記者会見では、サッカー以外に取り柄がないから、なんらかの形でサッカーに関わって行くと語っていた。
その言葉通り、テレビよりも現場の仕事を選んだ。本当にサッカーが大好きな、永遠のサッカー少年なのだ。

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タカシさん(右の写真)は、テクニックのあるハーフ(前から二列目)として名を馳せた。
巧みなドリブルや、必殺スルーパスは、カズシさんと同様、当時の日本では群を抜いていた。
皮肉にも、Jリーグ開幕当初にはすでにベテランとなっていたタカシさんは、決して試合の出場機会に恵まれているとは言えなかった。しかし、わずかな出場時間の中でも、鮮やかなドリブルや光るスルーパスなど、とにかく魅せてくれた。
スピードやスタミナは衰えても、その技術が衰えることは最後までなかった。

95年に、カズシさんと同様マリノス一筋で引退後は、テレビの解説者やキャスターなどをこなしている。最近では、某局の奥さま向け番組のコメンテーターなどもしているらしい。
あの、必殺スルーパスをバシバシ決めていたタカシさんを知る私には、これはかなり驚きだった。確かに、あの癒し系の笑顔と、穏やかなコメントは奥さまにもウケが良いのかもしれないが、その番組の視聴者で、タカシさんが何者であるかを知っている人がどのくらいいるのかと、いつも疑問に思う。

折しも今日は、W杯最終予選、対北朝鮮戦。今日における日本サッカーの発展は、この二人のテクニシャンの存在なくしてはありえなかったはずだ。
今日もきっと、私は試合を見られないし、正直私としては、日本代表よりもフランス代表の方が気になる(なんてヤツだ)。
しかし、母国がW杯に出ないのも寂しいので、どうか、この偉大な先人達の思いを胸に頑張って欲しい。
今日は、私の中でのNo.1イケメン選手、モリエンテスについてのお話(ジダンも同率首位です。念のため・・)。
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抜群のテクニックに、柔らかいボールタッチ。ゴール前では頭で、足で、体を張って、ボールをキープ。
味方のパスにタイミング良く反応し、左右いずれの足からも、放たれるシュートは、鋭くゴールを突き刺す。

フェルナンド・モリエンテス・サンチェス。愛称モロ、またはナンド。スペインのカセレス出身、1976年生まれの28歳。FWの選手です。

モデル並みのスタイルに、色香漂う端正なマスク。クラブの公式スーツを完璧に着こなし、私服もオシャレ(だと思う。)。
先日も、リバプールの入団会見で、ジッパー付のポケットがたくさん付いた、可愛いデニムパンツをはいてました。

しかし、モロが男前なのは、外見に限った事ではありません。女子のみならず、男子も惚れてしまうほど、生き様も男前。

97年にマドリー入団。98年W杯得点王、シュケル(元クロアチア代表)とのポジション争いの末、モロはレギュラーに定着。
それまで順調と思われたモロのサッカー人生に不運が訪れたのは、2002年、ロナウドの加入。

ポジションを争う機会も与えられず、試合に出られない日々が続いた。選手生命が短いフットボーラーにとって、旬の時期に試合に出られないのは、堪え難い苦痛である。
しかし、モロは不満を口にしなかった。心優しいモロは、チームメイトを気遣い、波風が立つのを嫌った。

そんなモロに追い打ちをかけたのは、2003年、モナコへのレンタル移籍。
しかし、モナコの監督・デシャンとの出会いにより、モロの才能は再び開花した。

モロは、モナコで幸せな日々を過ごした、と後に語っている。

モロは、モナコでのチームメイトである、ジュリ(フランス代表、現バルセロナ)、ロテン(フランス代表、現パリ・サンジェルマン)らと共に、おとぎの国の小さなクラブであるモナコを、チャンピオンズリーグ(欧州No.1クラブを決める大会)準優勝へ導き、自身も得点王に輝いた。
彼らの駆け抜けた道筋には、マドリーもいた。モロは自らを冷遇したクラブに、その実力をみせつけたのだ。

マドリーのホームゲームでは、本来ブーイングされるはずの、敵チームのモロを、マドリディスタ(マドリーファン)は、惜しみない拍手で迎えた。
そして、モロがゴールを決めるたび、スタジアムは熱狂の渦と化した。
普通なら、敵のゴールを称賛する事など、ありえないはずなのに。
マドリディスタは、モロの苦悩を理解し、彼の成功を心から喜んでいた。
謙虚で優しいモロは、ファンから深く愛される、偉大な選手なのです。

しかし、再びモロは、運に見離される。
2004年、マドリーに復帰したモロを迎えたのは、英国のワンダーボーイ、オーウェンの加入という、最悪のニュース。
モロは、マドリー商業主義政策の犠牲者となった。
それでもモロは、オーウェンに敬意を払い、公の場でチームのやり方を責める事はなかった。

2005年1月、モロはついにマドリーを離れ、リバプールに移籍した。

踏まれても、自力で立ち上がり、踏み付けた相手をも思いやる。セクシーな外見に不釣り合いなほど、勤勉で謙虚な、優しいモロ。
最高にカッコイイとおもいませんか?
これぞ、男子も惚れる、男前!

先日の英国リーグ(プレミアシップ。以下、プレミア)デビュー戦(05/1/15、VS マンチェスター・ユナイテッド戦)では不発、チームも黒星を喫した。
でも、きっとまた、活躍してくれるでしょう。
あー、ほんと、頑張ってほしい。
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写真は、リバプール入団会見時。キュートな笑顔が見られました。
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