シュピッツァ

蹴球生活 football life の実験的ブログです。 多分、内容はかぶります。

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今、トラジ・ハイジの『ファンタスティポ』がチャートを賑わせている。
そして、恥ずかしながら私の携帯の着信音も、トラジ・ハイジだ(アホだ・・。)。
しかし、その昔、日本サッカー界にも彼らに引けをとらないスーパーユニット(?)があった。カズシ・タカシだ。

カズシは木村和司(MF・元日本代表、元横浜マリノス(現横浜・F・マリノス))、1958年生まれの46歳。
タカシは水沼貴史(MF・元日本代表、元横浜マリノス(現横浜・F・マリノス))1960年生まれの44歳。
カズシ・タカシは、日本リーグ(Jリーグの前身)時代に、日産(現横浜・F・マリノス)の黄金時代を築いた、日本サッカー先史の時代の名選手である。

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カズシさん(左の写真)は、日本国内で初めてプロ契約をした、国産プロフットボーラー第1号で、フリーキックの名手として活躍した。
今でこそ、中村俊輔(レッジーナ)や三浦淳宏(東京ヴェルディ)など、日本人選手でもフリーキックの上手い選手は何人かいるが、当時の日本サッカーのレベルや、レベルの高い外国の試合を見られる機会がほぼ皆無だったことを考えると、カズシさんの技術の高さは、ケタ外れであり、奇跡的であった。

カズシさんの蹴ったボールが、美しい放物線を描き、ゴールに吸い込まれる。
その様は、まるで小さな魔法使いのようだった。そして、そんなカズシさんに与えられた称号は、「ミスター・マリノス」。

しかし、素顔のカズシさんは率直にものを言う、気さくなおじさん、という感じ。
食べ物に気を遣わなくてはならないトップアスリートなのにもかかわらず、酒好きの野菜嫌い。毎日の晩酌の肴に、なんとか野菜を食べさせようと、奥様は苦心していたらしい。

94年にマリノス(現横浜・F・マリノス)を「卒業」。「卒業」記者会見では、サッカー以外に取り柄がないから、なんらかの形でサッカーに関わって行くと語っていた。
その言葉通り、テレビよりも現場の仕事を選んだ。本当にサッカーが大好きな、永遠のサッカー少年なのだ。

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タカシさん(右の写真)は、テクニックのあるハーフ(前から二列目)として名を馳せた。
巧みなドリブルや、必殺スルーパスは、カズシさんと同様、当時の日本では群を抜いていた。
皮肉にも、Jリーグ開幕当初にはすでにベテランとなっていたタカシさんは、決して試合の出場機会に恵まれているとは言えなかった。しかし、わずかな出場時間の中でも、鮮やかなドリブルや光るスルーパスなど、とにかく魅せてくれた。
スピードやスタミナは衰えても、その技術が衰えることは最後までなかった。

95年に、カズシさんと同様マリノス一筋で引退後は、テレビの解説者やキャスターなどをこなしている。最近では、某局の奥さま向け番組のコメンテーターなどもしているらしい。
あの、必殺スルーパスをバシバシ決めていたタカシさんを知る私には、これはかなり驚きだった。確かに、あの癒し系の笑顔と、穏やかなコメントは奥さまにもウケが良いのかもしれないが、その番組の視聴者で、タカシさんが何者であるかを知っている人がどのくらいいるのかと、いつも疑問に思う。

折しも今日は、W杯最終予選、対北朝鮮戦。今日における日本サッカーの発展は、この二人のテクニシャンの存在なくしてはありえなかったはずだ。
今日もきっと、私は試合を見られないし、正直私としては、日本代表よりもフランス代表の方が気になる(なんてヤツだ)。
しかし、母国がW杯に出ないのも寂しいので、どうか、この偉大な先人達の思いを胸に頑張って欲しい。
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