シュピッツァ

蹴球生活 football life の実験的ブログです。 多分、内容はかぶります。

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熱狂的レアル・マドリードファンの情報によると、ルシェンブルゴ監督(以下、ミスター)は、ジダンがより自由に動くことが出来るように配置することを決めたようだ。

今までジダンは、主に左サイドに配置されることが多く、タッチライン際でのプレーを余儀なくされる事が多かった。そのため、お得意の視野の広さを感じさせるパスを出すにはスペースが足らず、むしろサイドを駆け上がるスピードの衰えが露呈し、重ねた年令と上手く付き合えていない印象ばかり受けるように思えた。

ミスターがそれを意識したのかはわからないが、ミスターはジダンを今よりも内側に絞った位置に配置し、前線の二人と後方の二人の双方と連携して、攻撃を組み立てるようにジダンに指示したのだという。

確かにこの方法は、ジダンの才能を生かすには有用であり、それとともにチームが浮上することを見込めるかも知れない。
ジダンファンとしても、「銀河系」放出の噂が絶えない中で、ジダンが戦力として数えられている事は喜ばしいことだ。

しかし、この方法がマドリーの抜本的改革に繋がるかを考えると、多いに疑問だ。
なぜなら、突出した個に頼るチームの強さは刹那的で、これから恒久的な強さを身につけようとするマドリーには不向きに思えるからだ。
しかも、ジダンは残された時間が少ないという現実を考えると、近い将来チームを去ることが決定的な選手を中心に据えてチームを作ることには、危険すら感じる。
ジダンが去ったその時に、またもや「冬」の時代を迎える可能性が高いからだ。

また、特定の個を中心に据えると、チーム状態がその選手の調子の善し悪しに左右され、不安定になる事もネックとなる。このことについては、EURO2004におけるフランスが、ジダンのコンディションと運命を伴にした事からも顕著だろう。

「ジダンを自由にする」という戦術につき、どう弱点を克服するかが、ミスターの真価を問う試金石となるのかもしれない。


今日は、W杯アジア最終予選の開催日であり、日本代表はイランとアウェーで戦う。私は日本代表の試合をほとんど見ていないため、あまりわからないのだが、耳に入る情報を総合すると、未だ日本代表は、チームの形が見出だせないでいるようだ。

就任当初、ジーコは自身が所属したブラジル代表のように、ポゼッションを高めたパスサッカーをしたいように見えた。
しかし、このサッカーをするには、個々の選手の技術・戦術眼が優れていることが前提となる。つまり選手の1人1人が、ピッチで自分がなすべきことを考え、理解し、実行できる事を必要とするのだ。

ジーコは、トルシエによって日本代表の実力はそのレベルまで引き上げられたと思っていたようだが、その思惑は外れたようだ。
日本代表は技術的には向上しているものの、戦術理解についてはそれほど伸び率が高くなかったのだ。

そのため、監督としてジーコは、チームに徹底した戦術を植え付けることが必要と思われるが、選手として天才肌だったジーコにとって、“凡人”の思考回路を理解し、戦術を指導するのは難しいのではないかと思われる。

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そこで私が勝手ながら提案するに、チームの中心に小野を据えて戦術を練ることは有効ではないだろうか。チームの中心に据える選手はチームで一番優れた選手であるべきで、今のところ日本代表では、小野の技術や戦術眼は群を抜いているように見える。

マドリーと違い、日本代表の場合は、何がしかの形を作ることが急務である上に、組織的な練習をする時間がほとんどないため、突出した個を生かす戦術が最良であるように思われる。

小野のパスセンスを生かすため、周りは小野の指揮によりにより作動する。小野が安心して攻撃参加するために、相方の福西は良い選択であろう。
2人の関係にミランのピルロ(MF・イタリア代表)とガットゥーゾ(MF・イタリア代表)の関係を重ねてみたりする。

とりあえず、今日は2人がどのようなコンビぶりを見せてくれるかが見物だろう。
ただ、いつものように、私は観戦するかどうか、わからないのだが。

日本代表の運命やいかに!?日本代表戦レビュー→jumpinさんのファーポコ
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