シュピッツァ

蹴球生活 football life の実験的ブログです。 多分、内容はかぶります。

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今日はコンフェデレーションズ・カップ、予選グループ B 日本VSブラジル戦が行なわれる。

スター揃いのブラジルにあって、今、最も注目を集めているであろう選手の1人が、ロビーニョ(左写真、右側。左側はヂエゴ(MF・ブラジル代表、FCポルト))。

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ロブソン・ジ・ソウザ、愛称ロビーニョは、ブラジル、サンパウロ出身。1984年1月25日生まれの現在21歳。サントス所属で、ポジションはFW。


変幻自在なドリブルで相手の守備を崩す、ドリブラーだと言われている。
卓越したテクニックでボールをキープし、するすると前線に駆け上がる様は、どことなくアンリ(FW・フランス代表、アーセナル)に似ている。

ロビーニョは身長172cm、体重60kgと、体格に恵まれていない。
しかしそのようなハンデを負いながらも、屈強なDFと対峙する術を身につけている。

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柔らかいボールタッチとしなやかな動き。
これがロビーニョの武器である。

ポストプレーで相手DFと体を寄せ合い対決することが難しいロビーニョは、体格に代わり与えられた、テクニックとしなやかな動きで相手の守備を切り崩す。

柔らかなボールタッチは、片時もボールを離さず、しなやかな動きは体でボールをかばわずとも相手の守備をすり抜けられる。
そのボールの扱いに感動した神様ペレは、涙を流したという。

しかし、ロビーニョの代名詞となりつつあるドリブルも、本人にとってはゴールを決めるための手段に過ぎないのだという。
ロビーニョはゴールに飢えているのだ。

ロビーニョの憧れの人は、ロナウド。
ロビーニョはロナウドの功績に敬意を表して、彼を「社長」と呼んでいるのだそうだ。
しかしセレソン(ブラジル代表)でのロビーニョは、まるで子犬のように「社長」と戯れている。
憧れの人とフランクに付き合いながらも、常に学ぶことに貪欲だ。

やんちゃでいたずら好きなロビーニョが、偉大な先輩達にちょっかいを出すあどけない様子は、ゴール前での神出鬼没なプレーで、相手DFを惑わす姿とダブる。

しかし、そんな年相応のあどけなさとは対照的に、ロビーニョはプロとしての自覚を持った一人前の社会人でもある。

次の日の練習に響かぬ様、夜遊びはしないし、食べるのにも困るほどの苦しい生活の中で、昼夜を問わず働き、支えてくれた両親への感謝も忘れない。
自らが、若くして少年少女に夢を与える存在であることを理解し、きちんと自己管理の出来る大人なのである。

現在おこなわれているコンフェデレーションズ・カップでは、レギュラーを獲得しているロビーニョも、休暇中のロナウドが戻れば、また厳しいポジション争いを行なわなければならない立場にある。

しかし、近い将来、必ずやセレソンを彩るスター選手の1人となるはずだ。

その手始めとして、本日行なわれる試合において、どのようなプレーを見せてくれるか、注目である
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劇的な決勝戦の記憶も新しい、昨季のチャンピオンズリーグ。
PSVアイントホーフェンは、惜しくも準決勝でAC.ミランに破れたが、人々に与えた印象は、ファイナリストであるミラン及びリバプールに勝とも劣らないほど鮮烈なものだった。

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まず、準々決勝1stレグ、対リヨン戦。
敗色濃厚な中で貴重なアウェーゴールをあげ、勝負を引き分けに持ち込んだのはコクーだった。
そしてミランとの準決勝2ndレグ。
2点をリードしながらアウェーゴールを奪われ、窮地に立たされたチームを奮い立たせたのも、コクーだった。
コクーは、2点目に続き名手・ジダ(GK・ブラジル代表)から気迫の3点目を奪う活躍を見せたものの、1歩及ばず、アウェーゴールルール(得点が2倍に換算される)によるトータルスコア4-3で、PSVは惜しくも準決勝で散った。

しかし、この2つの試合でPSVは、チームバランスの良さと成熟度、何よりも勝者のメンタリティを見せてくれた。
そして、その中心となっていたのが、フィリップ・コクーである。

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フィリップ・ジョン・ウィリアム・コクーは、オランダ、アイントホーフェン出身。
1970年10月29日生まれの現在34歳。
豊富な運動量と的確なポジショニング、ミドルレンジからのシュートが魅力的な守備的MFである。
ピッチの上を献身的に駆け回るその姿は、まさにオランダのトータル・フットボールを体現しているかのように映る。

トータル・フットボールとは、ある戦況を想定した場合の動き方を選手に教え込み、ポジションを流動的に変化させるフットボールの総称を指すらしい。
実は、明確な定義はなく、トータルフットボールと呼ばれるものを見た人の印象を総合すると、このような説明になるのだという。
この、トータル・フットボールは、ヨハン・クライフ擁する1970年代のオランダで生まれた。

最も特徴的なのは、ボールを持った選手の動きに連動し、周りの選手が動くことと、攻撃の選手も守備をするということ。
選手の動きの連動については、一人の選手の周りを取り囲むように、選手がポジションチェンジをする様を「渦巻き」と形容されていた。
また、前線からプレス(相手のボールを奪ったり、パスコースを塞ぐこと)をかけることは、後に開発されるゾーン・プレスに繋がっていく。

的確かつ変幻自在にポジションをチェンジし、単体で攻守のバランスに優れたコクーという選手は、まさにトータル・フットボールそのものなのである。

コクーは、一応は守備的MFとカテゴライズされているが、GK以外のほぼ全てのポジションをこなせる究極のユーティリティプレーヤーとして名高い。
しかし、コクーは特別テクニックに優れた選手というわけではない。それでも、コクーが希有な存在で有り続けられるのはのは、高い状況判断能力と強靱な肉体、強いメンタルににあると思われる。

コクーの技術面での役割は、ボールを持つ選手の意図を把握もしくは、その選手を最良のプレー選択へと導くことである。
もちろん、自ら攻撃を仕掛けたり、積極的にゴールを奪うこともあるが、彼の仕事の大半は、周りの選手を生かすことである。
そこで必要とされるのは、高い状況判断能力なのである。

また、周りの選手に動きを連動させることは、想像以上に体力を消耗する。
そのため、この役割を担うには消耗に耐え得る強靱な肉体が必要なのである。

さらに、コクーの最大の魅力は、メンタルの強さである。
先述のように、コクーは、大事な試合でチームを導くゴールをあげ続けている。
ヒディンク監督も、PSVの快進撃は、コクーの経験とメンタルの強さに支えられたものであるとして、称賛を送っている。

また、チームのために献身的に働くコクーは、派手さはなくともファンの心を打つ。
昨季まで所属したバルセロナでは、ファンから1番愛されたオランダ人選手がコクーだった。

ピッチを離れると、自分の幼い息子のボールさばきを、往年の名選手である、ロナルド・クーマンのようであると絶賛したり、PSV時代のチームメイトのロナウドとオランダ語やスペイン語を交えて話すなど、子煩悩で気さくな素顔が垣間見える。

2006年W杯予選もいよいよ佳境となり、コクー擁するオランダは、順調に勝ち進んでいる。
そして、その影には、34歳にして未だ衰えを知らないコクーの尽力がある。

ファンバステン監督が、扱いにくいベテラン選手を多く排除したにもかかわらず、コクーを残したのは、仲間割れによる自滅に悩まされてきたオランダにあって、コクーはチームの信頼を集めることが出来る貴重な選手だからであろう。
おそらく最後になるであろうW杯での、コクーの活躍に期待したい。
先週、最終節を迎えたリーガ・エスパニョーラ。
3位に終わったビジャレアルは、見事に初のチャンピオンズリーグの出場権を獲得した。
そして、この大躍進の立役者は、チームの「王様」リケルメ。

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ファン・ロマン・リケルメ(左写真)は、アルゼンチン出身。1978年6月24日生まれの、現在26歳。所属はバルセロナだが、今季はビジャレアルへレンタル移籍をしている。
ポジションは攻撃的MFで、ゲームを作るタイプの選手である。

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リケルメは、抜群のテクニックと、視野の広さにより、中盤からゴールまでの攻撃を演出する。
ボールをキープし、前線にためを作る。
周りの選手を使いこなす才能に長け、前線で仲間が攻め上がるのを見計らって、相手の息の根を止めるスルーパスを送る。
その姿は、さながらピッチ上の魔法使いのようである。

2004年アテネオリンピックの得点王である、カルロス・テベス(FW・アルゼンチン代表、コリンチャンス)がマラドーナの系譜と言われるように、リケルメも、アルゼンチンの偉大なる先達の流れを汲む選手といえる。
優れたテクニックによりボールをキープし、前線でゲームメイクをするリケルメは、かつてアルゼンチン代表の中枢として活躍した、アリエル・オルテガ(MF)の姿と重なる。
すなわち、リケルメは、アルゼンチンにおける魔法使いの系譜を受け継ぐ者であると言えるだろう。

98年W杯でアルゼンチン代表を率いたパサレラ監督は、類い稀なタレントであるオルテガ(MF・元アルゼンチン代表)を中心にチームを作った。
周りの選手はオルテガを生かし、オルテガのために働いた。

しかし、このように突出した個に頼るサッカーは、脆かった。
アルゼンチンは悲願の優勝を達成するどころか、調子の上がらないオルテガと共に沈んだ。

そして、その後のアルゼンチン代表監督は、この苦い記憶が忘れがたかったのか、この魔法使いの系譜を汲むリケルメを召集しようとはしなかった。

また、リケルメが素晴らしい才能を持ちながら代表に召集されなかったのには、別の理由もあるようだ。

攻守の切り替えが速く、スピードが要求される伝統的アルゼンチンサッカーにおいて、前線でゆっくりボールをキープし、ためを作るタイプのリケルメは、扱いづらいのだという。

しかし、いずれの理由も、代表でのリケルメの必要性を否定する理由にはならないだろう。
まず、オルテガと重なる事については、そもそも、パサレラがオルテガを絶対的な存在にしてしまったという、監督の方針が敗因であり、このタイプの選手がチームに相応しくないというわけではない。
それに、当時のオルテガと違い、バルサで挫折を味わったリケルメは、強烈な個性を持ちながらも、他者との共存を図る柔軟性を持っていると思われるため、彼の調子の浮沈により、チームが振り回されることもないと考えられる。

また、伝統的アルゼンチンサッカーにそぐわないということについても、速攻とリケルメの遅攻を組み合わせることで、むしろ多様な攻撃を展開できると考えられるため、妥当な根拠とは言えないと思われる。
実際、ペケルマン現監督は、リケルメを召集し、リケルメの個性とチームを共存させることに成功している。
リケルメは、オルテガの呪縛から逃れ、新たなる魔法使いの系譜を作ることが出来たのだ。

優れたテクニックと、独特のゲームメイクから受ける印象と違い、素顔のリケルメは、取材を制限するほどシャイで感情を表に出すことが苦手なのだという。
多くを語らないリケルメは、記者に良い印象を持たれないことが多く、誤解を解くのに苦労しているのだそうだ。

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あの、両手を耳に当てるゴール後のパフォーマンスは、普段口数の少ないリケルメが感情を表に出す、数少ない瞬間でもある。
あのパフォーマンスは、リケルメの娘の大好きなトッポジージョというキャラクターを真似したもので、始めはゴールを娘に捧げる意味を持っていたそうだ。
今では観客とゴールの喜びを分かち合うパフォーマンスとして、日本代表の高原も真似するほど、世界中で浸透している。

代表では軌道に乗ってきたリケルメも、クラブについては、未だ先行きが不透明だ。
しかし、どこへ行こうとも、リケルメはまた、「王様」として、チームを導いてくれるだろう。
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