シュピッツァ

蹴球生活 football life の実験的ブログです。 多分、内容はかぶります。

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チームを作るときには、大概戦術をベースにするか、選手をベースにするかのいずれかに分かれると思われる。

その昔、94年W杯に臨んだアズーリ(イタリア代表)には、2人のバッジオがいた。
ロベルト・バッジオ(MF)とディノ・バッジオ(MF)だ。

あまりにも偉大すぎるロビーの影で、ディノは「もう一人のバッジオ」と呼ばれ続けていた。
しかし、当時のアズーリは、ロビーのファンタジーよりもディノの献身さにより支えられていた。
美しくピッチを舞うロビーよりも、運動量が豊富で敵を追い回すディノの方が重宝されているように思えた。

当時の監督はアリゴ・サッキ(現マドリーテクニカルディレクター)。
ゾーンプレスの生みの親だった。
当時のアズーリは戦術ありきのチームであり、選手はボールと戯れる自由を奪われていたのだ。
それはロビーも例外ではなく、ロビーはスタメンから外されることもあった。
ロビーは後に、サッキのサッカーについて「ストレスのたまるサッカー」と表現していた。

決勝でアズーリと対戦したセレソンは、10番不在のチームと言われていた。

ロマーリオ以外は比較的堅実な前線を擁したセレソンは、キャプテン、ドゥンガ(MF)の持つ強烈なリーダーシップと戦術センスにより、チームを統率することを試みた。
セレソンもまた、戦術をベースにすることを選んだのだ。

今でこそ使いきれないほどのタレントを抱え、選手をベースにチームを作っているが、セレソンにも、こんな時代はあった。

結果、セレソンは、PK戦の末にW杯をもぎ取った。

アズーリ最後のキッカー、ロビーは、ボールを高く打ち上げてしまい、ゴールに背を向けてうつむいた。

もしもアズーリがロビーに自由を与え、1点でもとっていたら・・。
逆の結果となっていたかもしれない。
当時のイタリア国民の誰もがそう思っていた。

当時のアズーリは、ロビー以外にも攻撃陣に優秀なタレントが揃っていたからだ。
今だから言えるのかもしれないが、あの時のアズーリは、選手をベースにチームを作るべきだったのかもしれない。
サッキは、セリエで手応えを得たゾーンプレスを、信頼しすぎたのだろうと思われた。

日本におけるゾーンプレスの第一人者といえば、加茂周氏だ。
加茂氏は、Jリーグの前身である日本リーグ時代に日産(現横浜F.マリノス)の黄金時代を築き、その後、日本代表を率いて98年W杯予選を戦ったが、志半ばにして更迭された。

彼がうまく行かなかった原因はあまり思い出せない。
しかし、あの頃は前園(FW、今年?引退)や城(FW・横浜FC)、中田英寿などのタレントが育ち始めた頃で、今まで扱った事のないタイプの選手を前に、加茂氏はチームをどう作れば良いのか混乱してしまったのではないかと思った。
今では考えられないが、それが当時の日本サッカーの現実だった。

組織を作るのもままならないのに、その上個人を生かすなど、神の所業に等しかった。
日本サッカーの急速な発展に、首脳陣はついて行くのがやっとだったのだ。

これらは全て、サッカーが純粋にスポーツだった時代の話である。
今ではサッカーを取り巻く環境は劇的に変わり、チームのベース作りに選手と戦術の他にもう一つ、マーケティングという要素も加わっているようだ。
しかし、マーケティングは、サッカー外の事情であり選手としての能力と比例するわけではないため、マーケティング主導のチームはいずれ破滅へと向かうだろう。

サッカーにマーケティングを持ち込むことが全て悪いとは言わない。
だが、サッカーはスポーツであるという、しごく当たり前のことを前提に、バランスをとることが必要であろう。

この記事は、蹴球生活 football lifeと同じものです。
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ライブドアマルカに、フィーゴが今のマドリーについて語った記事が掲載されていました。

フィーゴは今のマドリーの状況を好ましく思っていないことや、ルシェンブルゴ監督との確執についても、関係が悪化したことをはっきりと語っていました。
今までフィーゴが、これほどまでに心のうちを吐露したことはなかったのではないかと思いました。

いつも冷静で理知的なフィーゴが、リスクを犯して個々まで話すのは、おそらくマドリーが、それだけ危機的状況にあることを示唆しているように思えます。
特に、マドリーがスポーツではなく、マーケティングに重きを置いていることには、はっきりと苦言を呈していました。
そして、それを「中国や日本での需要も減るだろう」という言葉で表していたことに、はっとさせられました。
気持ち悪いくらい勝手な妄想ですが、フィーゴは我々のように、純粋にサッカーを楽しみたい日本のファンの心を代弁してくれたのではないかと思ったのですよね。

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今夏に日本に来たときも、フィーゴがアップで姿を見せただけで、ピッチにいる選手よりも歓声が上がっていましたし、実際フィーゴだけはワールドクラスのプレーをみせてくれました。
あんな不甲斐ない試合でも、フィーゴのおかげで見に来てよかったと思えました。
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以前、jumpinさんの記事にあったインタビューでは、日本のファンの反応を感じてくれているような印象を受けました。
今回もまた、そのようにファンの心を理解してくれているところが伺えて、ますますフィーゴが好きになりました。

フィーゴは、マドリーで重要な役割を果たしていたのは確かです。
うがった見方かもしれませんが、彼が今のマドリーの商業主義の犠牲になったように思えてなりません。
フィーゴのありもしない「衰え」を口実に、右サイドは選手層がどんどん薄くされていったように見えました。
実際、それはあだとなり、マドリーはフィーゴの果たしていた役割の重大さを身に染みて感じているのでしょう。
必要以上にきらびやかな前線は単なる飾りと化し、チームは試合後とに苦しみを増しているように見えます。

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不遇な扱いをしたマドリーに対し、今なお愛情を持って苦言を呈したフィーゴ。
マドリー経営陣は、今こそフィーゴの言葉に耳を傾けて欲しいです。
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